No.39 米沢市の山との暮らしを伝える遺産群:草木塔群と木流し

よねざわしのやまとのくらしをつたえるいさんぐん:そうもくとうぐんときながし

番号 No.39
登録年 2019年
認定対象 山形県米沢市における以下の要素。
【建造物】江戸時代の草木塔 17基
【搬出関連】田沢地区・八谷の留め場跡
分類・形式 搬出関連、建造物
成立年代 木流し:1605(慶長10)年頃、草木塔:1780(安永9)年
所在地 留め場跡:米沢市大字入田沢字八谷地内、草木塔群:米沢市大字入田沢字塩地平地内ほか
所有・管理者 留場跡管理者:一般財団法人田沢自彊会、草木塔管理者:おいたま草木塔の会 ほか

江戸時代初期から昭和初期にかけて、バイタと呼ばれる薪材を米沢の城下町へ流送する、大規模で組織的な「木流し」が行われていた。その模様は1790(寛政2)年の『管見談』などに詳しく記されており、近隣の山村集落にとってバイタの生産と木流しは非常に重要な生業であった。米沢藩の御林を擁し、バイタの主要な生産地でもあった米沢市田沢地区では、伐採して作ったバイタをまず川の支流で流したのち、一度捕捉して引き上げて乾燥・待機するための本流の「留め場」の跡が残っている。

また、置賜地方を中心に江戸時代中期以降、草木塔(そうもくとう)や草木供養塔などといった碑銘を持つ石碑が多数建立されてきた。確認されている中では、江戸時代に建立されている35基のうち17基が米沢市に集中している。米沢市を中心にみられる独特の習俗といえ、生業を支えてくれる草木への供養や感謝といった強い意向が察せられる。各々の草木塔は米沢市の有形民俗文化財にも指定されている。

草木塔建立の由来・理由については十分に明瞭とはなっていない。しかし、草木塔は木流しが盛んであった地区の川沿いに多く分布しており、両者には直接的な関係があったとも推察され、当時の山村住民と山林との不可分な関係を強く示すものである。

林業遺産への登録を機に、現存する遺構や石碑とその関連資料の保存や、草木塔群に関する調査研究がより一層進展することを期待したい。

  • 留め場の跡

  • 草木塔の例

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