No.24 矢部村における木馬道と木場作林業

やべむらにおけるきんまみちとこばさくりんぎょう

番号 No.24
登録年 2017年
認定対象 【資料群】木材搬出の木馬道に関する写真資料、木馬道による搬出および造林・木場作当時の村民生活に関する資料群 【道具類】伐採搬出道具 【建造物】開道記念碑
分類・形式 資料群、道具類、建造物
成立年代 明治43(1910)〜昭和35(1960)年
所在地 福岡県八女市矢部村
所有・管理者 杣のふるさと文化館

八女地方における木場作は江戸期に遡る。柳川藩によって禁伐にされた林内において村民は陸稲や粟、稗、芋、蒟蒻を作り、生活を営んできた。

明治43(1910)年、国は「正紛山」の国有林からの木材搬出のために林道を開くことを地元と合議し、官民併用林道を開設した。開道記念碑はこの事績を記したものである。林道は、八女地方における主要な木材搬出方法である木馬道と接続し、昭和35(1960)年頃まで国有林と民有林で用いられた。当時の木馬道の構造を示す資料や搬出作業を記録した写真、大鋸・断切鋸・鶴はし・鉈・木そりなどの林業道具が数多く残されている。

矢部村の村民は明治以降も国有林内で切替畑や木場作を行ったが、国有林にとってはこれが下刈、地拵などのコスト削減につながった。また、村民は国有林の伐採や木材搬出によって現金収入を得ることができた。木場作林業で疎植されたスギは主に電柱材として用いられたが、昭和25(1950)年から30(1955)年にかけて、食糧自給の必要が薄れ、密植が強力に普及されると、電柱材も漸次コンリート柱に代替されて、木場作林業は終焉を迎えた。

官と民による林業と山村の近現代史を記録した貴重な記念碑や道具、写真資料は林業遺産として後世に残す価値があろう。

  • 昭和5(1930)年当時の木馬道

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