大政正隆博士によるブナ林土壌の研究と林野土壌分類体系


東京大学農学部教授 丹下 健



 森林立地学は、森林の環境と植生およびそれらの相互作用を対象とした学問分野です。土壌は、樹木の分布や成長を規定する重要な環境要因です。どこにどのような土壌が分布しているかを表す土壌図の作成は、土壌を分類、命名することによって初めて可能になります。わが国の森林土壌の分類体系は、国立林業試験場(現在の(独)森林総合研究所)の土じょう部が1975年に作成したものです(土じょう部 1976)。その土壌の分類基準は、大政正隆博士のブナ林土壌の研究が元になっています。
 大政博士が、わが国の森林土壌を広範に調査されることになったきっかけは、昭和13年(1938)から始まった山林局(現在の林野庁)のブナ林施業法の基礎調査です。これは、パルプ用材等としてのブナ林の伐採が増加し、伐採跡地での天然更新や針葉樹人工林への転換の適地判定等のために、土壌情報への要請が高まったことによります。大政博士は、東北地方と北海道のブナやヒバ、スギ、トドマツ、アカエゾマツ等の天然林の土壌をまず調査されました。これまで比較的同質な土壌が分布していると考えられていたブナ林に多様な土壌が存在し、同じような標高や地形条件の場所でも、植生によって異なる土壌が分布していることを観察され、「北日本の天然林の土壌に就いて」という題目で日本林学会誌22巻に調査結果を発表されています(大政 1940)。その後大政博士は、調査対象を全国のブナ林地域に拡大され、その成果を「ブナ林土壌の研究(特に東北地方のブナ林土壌について)」としてまとめられ、林野土壌調査報告の第1巻で公表されています(大政 1951)。この論文では、後述するような土壌形態学に基づく土壌の分類基準を提案されており、その分類基準で八甲田山周辺のブナ林とヒバ林、スギ林で観察された土壌を分類されています。また本研究では、現地での観察だけではなく、実験的な手法を用いて、環境条件と土壌の形態学的な特徴との関係に関する科学的な裏付けを得ることにも力を注がれています。わが国の森林立地学研究を大きく進めた論文として、大政博士のブナ林土壌の研究をご紹介したいと思います。
   土壌は、岩石の物理的な風化による細粒化だけでなく化学的な風化による変質の過程を伴って生成されます。土壌生成過程では、土壌中を流下する雨水によって水溶性の物質が下方に移動し、土壌中から植物に吸収された物質が落葉や落枝などに含まれて地表面に蓄積するという物質の移動が起こります。その結果として、土壌断面(地面に掘った穴にできる垂直の面)に色や土壌構造(粘土や砂などの土壌粒子が集まって作られた土粒のことをいい、形や大きさ、堅さの違いによって分類される)などの肉眼で識別可能な形態的特徴が異なる土壌が層状に形成されます(図1)。この土層は、Ao層(落葉や落枝、それらの分解物などの有機物が地表面に堆積した層)、A層(鉄等の溶脱がみられ、有機物を多く含む黒色味の強い表層の土層)、B層(有機物に乏しく上方の土層から溶脱した鉄等の集積がみられる褐色の土層)、C層(土壌の元となる岩石が物理的な風化を受けて細粒化した層)というように区分されます。さらにAo層は、上からL層(新鮮な落葉や落枝が堆積した層)、F層(植物の組織が識別できる程度に分解された層)、H層(植物の組織が識別できないほどに分解が進んだ層)に細区分されます。土層の分化の様子を土壌断面形態と呼び、物質移動などの土層分化に関わる作用を土壌生成作用と呼びます。土壌内での物質の移動や蓄積の仕方は、その場の自然環境条件によって異なります。したがって土壌断面形態には、地表面の有機物分解や土層分化に関わる過去と現在の環境条件が反映されることになります。     
   
         
         図1. 土壌断面の土層の分化 
 

 ブナ林地域に分布する土壌は、褐色森林土(B)とポドゾル(P)、グライ(G)に分類されました。ポドゾルは、低温や乾燥、過湿などの理由により分解が不良で地表に厚く堆積したAo層(有機物層)で生成される大量の有機酸によってA層土壌の粘土鉱物の破壊と鉄やアルミニウムの溶脱が起きて灰白色の土層(溶脱層)が生成され、B層に酸化鉄等が集積した暗赤褐色の土層(集積層)が発達した土壌です。グライは、地下水の停滞によって還元状態に置かれた青灰色の土層(グライ層)が発達した土壌です。褐色森林土は、ポドゾルやグライなどの特徴を有さない土壌です。ブナ林地域の土壌の大半を褐色森林土が占めていたことから、林業現場が求める造林樹種の適地判定のためには、褐色森林土を細分類する必要性が生じました。わが国の主要な造林樹種であるスギやヒノキ、アカマツは、土壌水分条件によって造林適地が異なることから、土壌水分条件による細分類を考案されました。褐色森林土は、乾性なものから湿性なものまでの6土壌型(BA型(乾性(傾斜地型))、BB型(乾性(緩斜地型))、BC型(弱乾性)、BD型(適潤性)、BE型(弱湿性)、BF型(湿性))に細分類され、ポドゾルは乾性ポドゾル(PD)と湿性ポドゾル(PW)の2つに分け、それぞれを溶脱層の発達の程度で細分類(PDI型(ポドゾル)、PDII型(ポドゾル化土壌)、PDⅢ型(弱ポドゾル化土壌)、PWI型(鉱山湿原ポドゾル)、PWII型(低湿ポドゾル))するという、新たな土壌分類体系を提案されています。1975年に作成された林野土壌分類では、さらに黒色土と赤・黄色土、暗赤色土、泥炭土、未熟土が加わっていますが、その大半の細分類には、土壌水分条件が同様に使われています。
土壌水分条件を表す土壌断面の形態的特徴として、Ao層の形態と土壌構造に着目されました。Ao層は、有機物分解に関わる微生物の活動が抑制される乾燥条件の時に、F層やH層が発達し厚く堆積します。土壌構造については、乾燥条件では硬く緻密な土粒が形成され、湿潤な状態では軟らかく膨潤な土粒が形成されます。土壌調査時の土壌水分条件は、最近の降水量の影響を強く受けますが、Ao層の形態や土壌構造はもっと長期的な土壌水分環境を反映します。これらを土壌水分条件を反映した細分類基準とすることによって、現場での土壌型の判定が可能になりました。また大政博士は、Ao層やA層土壌が強度に乾燥することによって湿りにくくなること(ヒステレシス)が乾性な土壌の生成に関わっていることや、乾性褐色森林土(傾斜地型)(現在の乾性褐色森林土(細粒状構造型))で特徴的に認められる粒状構造は外生菌根菌の菌糸の発達と関わっていることなどを実験によって実証し、そのような特徴を分類基準とすることの妥当性を示しています。
各土壌型の分布特性や類縁関係について、海抜高によって規定される温度条件と地形によって規定される土壌水分条件で整理されています。同じ土壌水分条件の場合、低海抜高では褐色森林土が、高海抜高ではポドゾルが出現します。各土壌型の土壌が出現する海抜高等をブナ林とヒバ林、スギ林で比較し、ブナ林に比べてヒバ林では、より低い海抜高からポドゾルが出現することを示しています。植生による影響は、土壌に供給される枯葉等の有機物の化学性によっています。貧栄養な有機物が供給されるほど微生物による分解が遅く、厚いAo層が形成され多くの有機酸が生成されやすくなります。そのためにより低い標高からポドゾルが出現します。このようにして明らかになった地形と植生と土壌の相互関係を踏まえつつ、地形図や植生図を参考に土壌調査結果を評価することによって、土壌断面を調査していない場所の土壌型を推定することができるようになり、精度の高い土壌図の作成が可能になりました。大政博士のブナ林土壌の研究は森林立地学の発展に寄与しただけではなく、林野土壌分類体系の作成を通してわが国の林業や森林生態系管理に非常に大きな貢献をした研究と位置づけられます。
わが国では農耕地土壌と林野土壌で異なる分類体系が用いられおり、統一的な分類体系の作成が課題となっています。土壌分類は、土壌生成に関する科学的な面だけではなく、どのような利用がされるかという面も重要です。従来は生産力に関わる土壌特性が重視されましたが、今日は、温室効果ガスの貯留や放出、水源涵養などの環境保全に関わる機能に対する関心も高まっています。統一的な土壌分類の議論を進めるには、森林立地学分野の研究者が、土壌断面調査の経験を高めて土壌生成に関する知識と理解を深めることが必要です。

引用文献
土じょう部(1976)林野土壌分類(1975).林業試験場研究報告 280:1-28.
大政正隆(1940)北日本の天然林の土壌に就いて.日本林学会誌 22(7): 378-390.
大政正隆(1951)ブナ林土壌の研究(特に東北地方のブナ林土壌について).林野土壌調査報告1:1-243.


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