林政学の100年間


北海道大学名誉教授 石井 寛



 各時代を代表する林政学の著書を取り上げて、林政学分野の展開を振り返る。1944年以前、1945年から2000年、2001年以降の3つに分けてみる。

 1 1944年以前
 この時代は林政学の研究者が帝国大学教授に限られており、研究の対象である我が国林政が明治期は林野制度の整備を主な課題としており、本来的な林政が明治末期の森林治水政策によって始められたが、1903年の川瀬善太郎の『林政要論』(有斐閣)と本多静六の『増訂 林政学』(博文館)、1908年の小出房吉の『森林政策』(内田老鶴圃)が20世紀初頭に出版された。しかしそれらの内容は戦後に我が国を代表する林政学者となった島田錦蔵からは、「ドイツの斯学からの翻案の域を出たにすぎず」1)という厳しい評価を受けた。
 ここで我が国の林政学の「翻案」の対象になったドイツの林政学の状況をみると、ミュンヘン大学林政学担当教授のレーアは1887年に『Forstpolitik』を、エーベルスヴァルデ・フォルストアカデミー 教授のシュヴァパハは1894年に『Forstpolitik, Jagd-und Fischereipolitik』を出版している。川瀬善太郎は1893年夏学期から1894年冬学期まで、ミュンヘン大学国家経済学部に留学しており、レーアの指導を受けている2)
 戦時体制に入った1940年に園部一郎は『林業政策』(西ヶ原刊行会)を出版したが、そこでは森林機能論が論述されているに過ぎず、政策本論を展開する予定であった下巻は結局、未刊であった。
 
2 1945年から2000年
 GHQ主導の戦後改革が行われ、帝国大学―高等農林などという階層的な教育システムが改革されて、大学は新制大学化した。その過程で林学科を持つ大学が全国で20数大学となり、そこには林政学の教育研究を担う教官が配置された。また国の林業試験場も新たな体制で研究にあたることになり、林政学や林業経済研究を行う研究者の数が増えた。
 1947年には林政統一が実現して、800万haの森林を擁する巨大国有林が誕生する一方で、国有林管理と民有林行政を行う林野庁は農林水産省の外局として位置付けられた。それに先がけて、1946年にはGHQの方針で政府の歳出に公共事業費が計上されて、民有林における造林・林道・治山事業がほぼ全面的に公共事業費として実施されることとなった。さらに1951年には新しい森林法が制定されて、新たな森林計画制度、17種類の保安林制度、協同組合主義による森林組合制度などが法制化された。
 戦後改革において西ドイツと我が国の対比で重要なことは、西ドイツでは農地を含めて土地改革が行われていないことであり、戦前来の貴族系譜の所有者を含めて、200ha以上の森林を所有する中規模や大規模の森林所有者が少なからずおり、林業経営をリードする構造には変化がなかった。一方、我が国では資本主義国では稀有な農地改革が行われて、零細な戦後自作農が多数創設されるとともに、戦前には農地地主を兼ねた山林地主が力を持っていたものの、戦後は大規模な会社有林や少数の大規模所有者がいるが、その力は衰えた。
 戦後では林政研究者の数が増える一方で、研究対象となる林政の事業領域が拡大したので、林政研究が発展することになった。さらに視野を広げて、森林所有の性格、農業と対比した意味での林業の産業的特徴、木材価格形成の仕組み、木材産業の性格、林業史研究など林業の経済学的研究が活発に行われるようになった。
 ここで島田錦蔵の『林政学概要』(地球出版)をみる。島田は1948年に同書を出版し、1953年には『改訂林政学概要』を、1961年には『新訂林政学概要』を出している。基本的な分析枠組みは変わっておらず、国民経済における林業の位置を明確にしたうえで、林野土地制度を議論のベースに置いているのが特徴である。林政の各論として、森林の保護制度、保安林制度、林業経営の技術的指導規正、林業経営の経済的指導、林業労働行政を取り上げている。そして経済学的な研究が林政学研究において主要部分を占めるが、森林の無形的効用も研究の対象となるので、文化政策的な部分を含むとした。
 ここで農地解放との関係で問題になった林野所有についての島田の見解をみる。林野の経営には農地とは異なり、小作関係が存在しない。林業では大面積所有は単位面積当たりの生産力を高めるので、生産力の視点からは大所有は奨励されるべきであるとした3)
 一方、1959年に農林漁業基本問題調査会が設置されて、翌年には『林業の基本問題と基本対策』と題する答申が行われた。同答申で注目すべきことは上記の島田の見解とは異なり、「林業経営の担い手として、農家による家族経営を従来以上に高く評価すべきである」とした。それは農林家の所得視点だけではなく、大規模所有者よりも農林家の方が造林意欲において高かったからである。
 1964年に林業基本法が制定された。同法は我が国の高度経済成長が展望されるなかでの近代化法であり、林業総生産の増大を期すとともに、生産性の向上を目途として、林業従事者の所得向上が目指された。ここで重要なことは家族的林業経営という表現が消えて、小規模林業経営とするとともに、第3条2項で、「林地の集団化、機械化、小規模林業経営の拡大その他林地保有の合理化及び林業経営の近代化」を図るとした。
 1965年から実施された林業構造改善事業では、林道の敷設とともに機械の導入などが行われて、森林組合の資本装備の充実が図られた。戦後の農政は戦後自作農と農業協同組合を対象にして、補助金を都道府県―市町村を通じで交付する形式をとったが、林政は一方では国有林経営に軸を置くとともに、農政に準じて小規模森林所有者と森林組合に補助金を交付した。戦後の林政の特徴である私有林と森林組合の国の補助金への過度な依存はこうして形成された。
 1990年に半田良一編著の『林政学』(文永堂)が出版された。この本は戦後45年にわたる我が国の林政研究と林業経済研究の成果を踏まえたものであり、当時の林政研究者のトップクラスの13名によって執筆されている。編別構成はⅠ 日本経済の動向と森林・林業、Ⅱ 日本林政の展開、Ⅲ 林政の諸施策、Ⅳ 諸外国の林政である。ここで半田が執筆した「はしがき」から、林政学の方法論についてみる。半田は近代経済学に精通した学者であるが、「少なくとも林政学では、オーソドックスな歴史学派流の分析方法を中心にした方が、目的を達成するうえで有効である」、「林政は森林経営や木材産業に関わる個別経済主体の活動を助長ないし規制する形で展開してきたので、そのような林政を対象化して客観的に分析研究するのが林政学にほかならない」、「近年、環境や文化の名のもとで語られている森林の諸機能は社会的価値として定着しそれに見合った技術が生まれつつあるとはいえない」、そうしたなかで「『森林政策』の主張にはなお『宣言』の響きが強い」としている。科学としての実証性を重視する半田の見解であるので、充分に留意する必要がある。

3 2001年以降
 1992年にブラジルで開かれた地球サミットで採択された森林原則宣言は世界各国の林政のあり方に大きな影響を与えるとともに、林政がグローバル化したことが重要である。我が国では2001年に森林・林業基本法が制定されて、林政の目的は森林の多面的な機能発揮のための森林整備と保全にある。その上で林業は森林の多面的機能の発揮に重要な役割を果たしているので、林業の持続的で健全な発展を図らなければならないとした。
 こうしたなかで、2004年には堺正紘編著『森林政策学』(日本林業調査会)、2008年には遠藤日雄編著『現代森林政策学』(日本林業調査会)、2012年には遠藤日雄編著『改訂現代森林政策学』(日本林業調査会)が出版された。このように短期間に林政学に関する著書が出版されたことは戦後にはなかったことである。この3著には執筆者や編別構成において若干の違いがあるものの、大きな違いがない。一番の特徴は「森林政策学」というタイトルを使っていることである。編著者の堺や遠藤は先に見た半田の意見・警告を知っていたものの、環境が重視されて、自然保護政策や環境政策から大きな影響を受けている現代林政において、「森林政策学」というタイトルで、研究成果を世に訴える必要を痛感したからではないかと推察される。しかしそうしたことが成功しているかどうかは別問題である。遠藤日雄編著『改訂現代森林政策学』には泉英二から厳しい書評が出されている4)
 我が国林政は2001年の森林・林業基本法の制定によって、環境が重視される時代への転換をしたものの、もう一つの法的基盤は戦後林政を60数年間根拠付け続けた1951年森林法に置いている。我が国林政の制度と手法を抜本的に転換し、私有林を含めて公共的な森林管理を実現するには、志賀和人が主張するように、「1951年森林法体制の革新が第1歩」5)という厳しい認識が必要である。さらにドイツ林政が森林所有規模200ha以上の林業経営と農家林を中心とする零細森林所有者を概念的に分けて施策を実行していることに学んで、我が国林業の再生を図るために林業経営の担い手像を明確にして、林地の集団や機械化を行い、林業経営の規模拡大を進める一方で、農家林を中心とする零細な自伐林家の持つ可能性を正当に位置付ける必要がある。こうした課題が提起されるのは、林業基本法制定時の林業担い手論争が林政論的に今なお決着を見ていないからである。今年は林業基本法制定50周年にあたるので、活発な議論が望まれる。


1) 島田錦蔵(1948)林政学概要。地球出版:2
2) 石井寛(2013)19世紀ドイツ森林史と林政学・森林機能論に関する新知見、林業経済、66(5):24-25
3) 島田錦蔵(1961)新訂林政学概要。地球出版:104~106
4) 泉英二(2013)遠藤日雄編著『改訂現代森林政策学』、林業経済、66(2)
5) 志賀和人(2013)、現代日本の森林管理と制度・政策研究、林業経済研究、59(1):13


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